Ice

言わすこともない 愛だと思っていたのかもしれない

献身から何かを引くとただの自傷行為になるね

 

痛くても受け入れることが私の中で愛のあらわれのように認識されてしまったのだと思う、本当は、もし愛し合っているのであれば、ストレスフリーの方がいいはずなのにね。いいのだろうか。

 

不安定な友人のことを支えるべく、私が初めて失恋して困惑し凹んでる時も、ストーカーにあって精神と肉体がぐちゃぐちゃになって膿んで電車に乗ると(その人はいつも電車で追いかけてきた)反射的に吐き気がして、でも乗らないわけにはいかないから、駅で泣きながら吐いて、ずっと、目を閉じたり本を読むポーズをとったり、耳にイヤホンを押し込んでシャットアウトして、やり過ごすことに腐心していた時も、その友人の興味あることを一緒に考えることを辞めずにいて、悩みを話されたら自分のこととして(のように、というのが正しいのだろうけれど、本当に、身勝手だなー、自分のもののように)撫でて悩んでたなあ、

 

返事がなくてもなくてもなくても、かえってくることがなくても、とにかく液体を注ぎ続けることが、愛なのだと思っていたのかな 単純に嫌われたくなくて一生懸命だっただけなのかな

 

好きになった人がよく泊まりに来るために、その人のよわい肌のために石鹸や化粧水や、なんかいろんなものを合わせて新調して、怒られると超凹んで、すごい怖くて、好きで、

 

セックスも、私の膣の大きさにはキャパオーバーだったために長らく挿入が痛くて、はだかで四つん這いになるのはいつもなんとなく恥ずかしくてばからしくて凹んで、突かれると内臓ぜんぶ口から出てきそうな切迫感があって、吐きそうで、痛くて、実家で父がところてん突きを使っているシーンを思い出して、胸ばかり弄られて乳首は痛かったけど、身体も心ももう「こういう行動をされたらこう振る舞うこと」に慣れちゃってるからいっちょまえに喘ぎ声なんてあげちゃって、痛くて、なんか出てきそうで、早く達してくれなんて思ってしまって、そう思う自分に嫌気がして、したくなくてもすることが愛だと勘違いしたまま、

 

おっぱい触っていい?…いいよ ちょっと息を吐きながら、微弱に悶える動きをして しばらくすると舐めていい?って聞かれるから、……くらい間をとって、さっきと同じトーンのいいよを繰り返す、最初に舌が触れた時は少し大きめに悶える動きをして、ちょっと吐息に声を混ぜて、密やかに、吐息を少しずつ荒くしながら、混ぜる声の量を本当にちょっとずつ増やしていく、溶かしたチョコレートを注いでいく時みたいに、ある程度するとお尻に手が回ってくるからやはり触られた最初の時はびくっとして、そのまま翻弄されるように振舞っていると相手が自分の性器を触るよう促してくるから、最初は服の上から撫でて、しばらくしたら直接触って、ある程度したら口に含んで、のどの奥まで入れるとおえってなって涙が出てきて、でも気持ち良さそうにするから、たまにして、そうしてると挿れよう?って聞かれるから、ん、って頷いて、挿れよ、って、ゴムつけてあげて、少し手でこすって大きさを戻して、挿れて、

 

痛いなら痛いって言って、しなくてもいいんだよ、と言ってくれて、毎夜「したい」とあきらかに言われることなく、おっぱい触っていい?って、それが選択の言葉で、その程度も断るのは申し訳なくてそれくらいならいいやといいよって言うと、結局それは性行為のスタートで、レールに乗った音がして、毎夜セックスを断るのは申し訳ないし、嫌われてしまいそうだ、胸を触るだけならまあいいが、でも、気持ちいいけど、でも、わからなくて、

 

自らしたくてしてるのか、それとも何かによってそれをさせられてるのか、今好きな人になる前から境界はとっくに曖昧になっていて、それをさらってくれる人をずっと探しているようにも思えて、でも絶対に無理じゃない?

 

私が好きなのか、私の肉体が好きなのか、私の肉体だけが好きなことは私が好きなこととイコールじゃないのか?肉体も私のものだし、半分くらいは気持ちいいし、それでいいんじゃない?

 

家に来る頻度が上がって、光熱費が約2倍になって、家計が苦しくて、ただ一人でくらすことでさえ手一杯なのに、でもそれを請求するのは申し訳なくて、せっかく「会いにきてくれて」いるのに、「会いに行きたいと思うことが減ってしまう」のは怖くて、堪えきれなくなって相談したけど、申し訳なくさせることが申し訳なくて、やっぱなんでもない、払わなくていい、払うなんて言わないで、払うって言ってしまわないで、言葉にしないで、呪いになっちゃうから、で、バイトを増やすことをにして、そのことを話して、

 

しばらくして、ごめん今夜行くのはやっぱり難しそうだ、次いつならあいてる?ちょっと遠いこの日かな えー!遠!明日は?明日は24時までバイトだよ、明後日は12時から20時までバイトだから、難しいな。えー。。じゃあその次は?その次も用事があって難しいな。えー!バイトしすぎ!笑って、半分呆れられながら笑われて、

 

バイト先では、この人は多分いい常連さんだ、ここはただの居酒屋で、と思っていたら、「僕は君と抱き合いたいけどね」なんて言われて、ここでも慣れたようにあしらってしまって、内心は恥ずかしくて荒れて凹んで困って泣きそうで踏み潰されたみたいで、嫌で嫌で仕方ないのに、

 

大部分は自分のためでもあるけれど、好きな人とふたりで一緒に過ごすための?好きな人に快適に過ごしてもらうためのお金を得るために、必死ではたらいている?のかな?、セクハラみたいなこといわれて、笑い話にして消化したふりして飲み下したふりして生きていかないといけなくて、セクハラみたいなこといわれたwって軽く落ち込むポーズをとって、かわいそうってなぐさめられて、昔のストーカーだって、今もあの頃乗っていたのと同じ線の電車に乗るのは怖くて仕方なくて、でもいつまでも引きずるわけにもいかないから笑い話にねじまげて、キモいおっさんやだよね〜なんて言って、

 

ハラスメントを笑ってあしらって、気をつけなよとか、自衛しろとか、しっかりしろとか、で、場の和を保て穏便にとか、内心穏便でなんていられない、大雨なのに、笑って、会えないことにバイト入れすぎなことに呆れられながら相手のためにアルバイトして、痛くて完治なんてしてなくて、くたくたで帰ってきて、今日キモいおっさんに性的な目で見られてさ〜、かわいそうだな〜、じゃあシャワー浴びて寝よっか、電気消すね、うん、おやすみ〜      、おっぱいさわっていい?…いいよ、って、

 

私の振る舞いは本当に本当に本当に大文字の社会の古い思考にとってのみ、ピンポイントで正しいと思う。それはぜんぜん良いことではない。むしろ悪いのだけれど、癖になっちゃって、だってこう振舞っておけば怒られないし、嫌われないし、叩かれないし、むしろ好かれることもあるから、キスの最中に息を吐かないようにするとか、「好きな人」に胸を触られたら小さく体をふるわすとか、「愛してるよ」には「わたしも」ちょっと間を挟んで「私も愛してるよ」とか、

 

幼い頃にエロ漫画とかエロ動画とか見すぎたな、作法を全て男性に組み敷いてもらえるようにインプットしてしまったのだと思う 殴られるのは怖い

 

「愛してるよ」のあと、振る舞いのくせにあらがうように、あるいは思うまま、愛していると言えないなと思って、空気を読むことを放棄して無言でいたり、ありがとう、と返すと、相手に小さい針が刺さるのが見えて、私も痛みを感じる 相手がその針に痛みを感じているのかはわからないが、私は痛む 自分で言っているのにね

 

本当は自堕落なんだなきっと、それを外面のために何もかもふるまっている、残らず全てが能動的で、全部受動的だ 「ありのままの姿見せるのよ ありのままの自分になるの」←見せていいわけないだろ/ありのままでいいわけないだろ そう思ってしまうのだ

もっと総ては自由のはずなのに 自由であることを信じる人が一番自由から遠いところにいるの、バカみたいだねえ

 

つまるところ、私は何もしたくない自堕落なものなのに、言葉も持たずに、何もしないけど好きでいてほしいみたいな、身勝手で愚かなものだったと気づく

 

疲れてしまったのか、根性が足りないのか、間違っている/いた/きたのか、もうわからない。人間関係は難しい。私は人を無意識的に傷つけていないだろうか。多分傷つけ続けている、教えて欲しい、直すから、